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私は自己愛が強い

私の文章を読みたいと言ってくれるあなたへ。

精神疾患の父と新興宗教信者の母へ

 私の父は順調にキャリアを重ね、29歳のとき持ち家をキャッシュで購入したそうです。そして32歳のとき、上司と部下の板挟みからうつ病を発症して休職しました。将来を悲観した父は、一家無理心中を画策し、私と弟と母を乗せた車で崖から湖に突っ込もうとしました。アクセルを踏み込んだとき「アンタ何考えとんの!!!!!!」という母の叫び声で父は思い留まったそうです。

 私が幼稚園生のとき、両親は喧嘩ばかりしていたように思います。その頃から、私はごはんが上手に飲み込めなくなりました。嫌なことを思い出すとオエッとなってしまうのです。そんなときは優しい先生のことを考えながら、咀嚼しました。

 小学校2年生のとき、両親が離婚して母は女手一つで私達姉弟を育てました。そして、いつしか母は新興宗教へ拝みにいくようになりました。家には既婚者の男性が出入りしていました。なんとなくこれは不倫だと気づいていましたが、私は気づかないふりをしていました。

 私は小学校高学年くらいから自律神経失調症の症状が現れはじめ、心療内科に通いました。そこで受けた知能検査で高機能自閉症の疑いがあると言われましたが、「アンタが自閉症のわけない」と言って、母は私のために新興宗教支部へ行きました。

 中学生になった私は、寝つきが悪く、眠っても疲れが取れない、朝起きられない状態でした。母は私を叩き起こして学校につれて行きました。母に起こされるとき顔面を踏まれてできた内出血を「どうしたの?」と保健の先生に聞かれ、「転んだ」と答えました。なぜそんな嘘を付いたのか、未だによくわかりません。

 部活の朝練に出ない私のことを、同級生はよく思っていなかったと思います。「家族とディズニーランドに行ったの」と話している○○ちゃんの話を聞きながら、今日も平和だなと思いました。「○○ちゃんは朝練に行って真面目でえらい」と言った母に、「○○ちゃんは低血圧じゃないし、○○ちゃんの両親は優しくて真面だし、○○ちゃんと比べないで」と私は言い返しました。

 母はヒステリーで包丁を私に向けることがありました。いつか自分たちのことがニュースになりそうで怖い、と私は思っていました。母は毎日のように「ママに養ってもらってるくせして、文句があるなら出て行け!」と言いました。

 

 「文句しかねえわ!そのしてやってるっていう態度がムカつくんじゃ!特別、何をしてくれたわけでもないのに!根性論やスピリチュアルばかりで人の気持ちがちっともわからない!シンドイって言ってもわかってくれない!サボり呼ばわり!本当にシンドイのに!宗教で病気が良くなるわけがないやろ!うちは貧乏って言うて、いつもケチケチしとるくせに、へんちくりんなお札は買ってくるし!アンタがシングルマザーなのはアンタのせい!うちが母子家庭なのは私のせいじゃない!私は産んでくれなんて頼んでないし、産まれてきたくなかった!……はいはい、出て行きますわ。出て行ってやりますわ!!!!!」

 

 私が家を出たのは中学3年生のとき、2007年10月のことです。